「書く」ということ

情報メディアの発達によって、これほどまでに多くの人の情報や意見に触れる機会が持てるとは、ほんの数十年には想像もしなかったであろう。昭和の時代に、常に全国的に自分の意見や提案を発表できる人は作家やテレビ出演者ぐらいであったからだ。 今は違う。インターネットの普及により個人が気軽に自分を表現出来る時代が来たのである。例えば、「2ちゃんねる」のような巨大電子掲示板やFacebookなどのSNSが挙げられる。21世紀直後はメディアに関係のない一般人が自由に意見を表明する機会を得てるのである。 ただし、こうした知識基盤社会では、ネット上の倫理観と、正しい情報の取捨選択や活用が求められる。結局のところ、情報技術を扱うのは人間であり、最後のとりでは自分なのである。 しかしながら、自分の意見や情報を発信できること、すなわち「発信する」ことのありがたさを享受できる嬉しさを強く感じる。「書く」ことの喜びを感じながら、世界平和と社会貢献に寄与したい。

大学院志望理由書と研究計画書

大学院に入る際に提出した志望理由書及び研究計画書(一部削除)である。当時の私の教育への観点や考え方を思い起こさせるとともに、大学院への進学を希望する方には1つの例として参考になると思う。 ****************************************** 近年、不登校生徒は、増加しており、私が、英語科教員として勤務した高等学校でも例外ではなかった。私が高校一年生を担任した際、私のクラスの生徒の一人が中学校時代に不登校であったという申し送りがあった。そこで、個別指導を行い、電子メールを介して支援と助言を与え、生徒の自己効力感を高めようと努めた。その結果、生徒は、登校することができ、一日も休むことなく進級した。この経験から、インターネットを媒介にしての学校カウンセリングの重要性と必要性を学んだ。その後、このような状況に対してさらに上手く対応していくことを目指してカウンセラーの資格を取得し、インターネット上で悩み相談のサイトを立ち上げ、現在、管理サポーターとして活動している。 不登校生徒の大多数は、自己効力が低下しており、生徒の内面に寄り添うコミュニケーションが不可欠である。そのため、学校と不登校生徒を繋ぐ一手段として、メールやBBS、ビデオチャットなど、生徒の発達段階や現状に応じて支援を行い、自己効力感を高めることが効果的である。これは、近年のパソコンや携帯電話等のインターネットの普及を活用した効果的な教育的取り組みの一つであると考える。さらに、コミュニケーションと合わせて、将来的な社会的自立を目指したキャリア教育を行うことも必要である。このようなことから、中等教

ラーメン食べ歩き紀行 (1) 六角堂 〜大学時代の思い出&ご褒美のラーメン〜

『ラーメン食べ歩き紀行』と称して、お薦めのラーメン屋を紹介するシリーズの第一弾。食べログから厳選された記事を掲載する予定である。ラーメン以外の番外編もある。ランキングはTomの「食べログ」に紹介されている。 ***************************************** 六角堂 堀之内店 今から約10年前に大学時代に通っていたお店だ。バイトが一段落した時などに自分へのご褒美ににんにくをたっぷり入れて満足するまで替え玉した大学時代の思い出のお店である。 長浜とんこつラーメンなのだが、あのこってりした味はもとより、臭みまでそのまま残す荒っぽさが好きだ。お店の周りがかなり臭っているので、敏感な人(というか近所の人?)は多少辛いのではと思ってしまうぐらいである。ただ、当時はあまりラーメンに入れ込んでいた訳ではかったので、替え玉をしたいがために水を入れてやや薄味にしてから食べるという邪道な食べ方をしていた。(当時はかなり薄味好みだったので。) 卒業してからも何度か行ったが、スタッフが変わってしまったせいか、多少味が一般向けで落ち着いたような気がする。個人的には昔のがてん系の雰囲気が良かった。 濃いスープが博多ラーメンらしさがあり、麺もかなり細く、バリかたにすると噛みごたえもあってうまい! 替え玉を頼んでいる間に、にんにくしぼり器を使ってにんにくをスープに足しておいておいたり、最後の一杯は胡麻をたっぷりかけたりすると、いろいろな味を楽しめるのも良い。 カウンター席以外にも畳に座れる席があるのも面白い。値段は、普通で、さらに何か特徴的なサービスがあると嬉しい。 万人ウケす

「なぜ自殺をしてはいけないのでしょうか」  あなたはどのように考えるだろうか。 先日、夜回り先生こと、水谷修氏の講演会に出席した。 少し家を出たのが遅れてしまい、時間ぎりぎりかなと思いながら講演会場に向かうと、予想以上に早く到着。階段を上り4階の大会場に着くと、まだ開場直後だというのに、前方の方はほぼ埋まっている様子。思わぬ人の多さに圧倒されながら、反対側をみると、いた!水谷修氏である。書籍販売のとなりで、サインを行っている。そこで、筆者も早速、サインをいただいた。写真はそのときの写真のものである。 サインをもらい、いざ講演会場へ。席はかなり後ろの座席まで埋まっていた。後で分かったことだが、現職の教師も含めて子どもからお年寄りまで幅広い年齢の方が来場して、最終的にはいすが足りなくなり、立ち見の方も出たようだ。私は仕方なく最前列の方向に足を進めたが、なんと最前列はほとんど人がいないではないか。いくつか張り紙がしてあり、おそらく関係者の方の優先席であったようだが、それでも中央は開いている。万一、ここは一般の方は座れないという場合があればそのときに、場所を変えればよいと思い、最前列のほぼ真ん中に座った。幸いにも、自分の席は予定席ではかったようで、最高の位置に座ることができた。 さて、講演会であるが、さすがに講演会慣れをしているというか、口調に独特のものを感じるものの、この後、何が話されるのだろうと聞き入ってしまう。これほどまでに興味・関心を聴衆に抱かせるものは、やはりその発せられる言葉ひとつひとつや、表情やしぐさ、話の内容に経験から裏打ちされた重みがあるからかもしれない。こ

叱るということ (revised ver.)

叱ること、それ自体は簡単である。怒ればよい。しかし、叱ることによってたくましく育てなければならない。教育現場では確かに叱れない教師は失格かもしれない。しかし、叱ってばかりが教育とは絶対に言えない。また、叱るには教師の連携が不可欠である。必ず守らなければならない。 また、集団への叱るという行為は、その集団を正しく不正のない方向へ導くことにもなる。そうすることにより、規則を遵守し、個人を守る集団へと変化する。叱ることは教師のみならず、家庭や自分自身でも行わなければならない。難しいことに、家庭や自己には学校とはまた違うアプローチが必要だ。叱るとはどういうことか。『高校生の叱り方』(鈴木敏利)を参考に考えてみた。 子どもが精神的に成長する叱り方を、子どもの本質も見ながら考察してきた。叱るとき、生徒の内面に寄り添い、励まし、一方で叱っていくことが必要である。このとき、それぞれの状況で子どもに合った適切なアドバイスも必要になるとともに、相手の言い分を良く聞くなどの接し方が必要になる。一人ひとりにあった援助や教育方法を考えることだ。愛と教育は結び付いている。さらに、全体での指導では、意味ある見せしめと、子どもに合った、且つ適切に説明し、考えさせる必要がある。子どもは自分で自分を律し、叱ることで成長できるからだ。叱ることが子どもの内面を変えることができれば良いのだ。  叱るということは、子どもの内面からの変容を期待することが大切である。心からの変化がなければ、叱ることは一時的なものになってしまう。そのために、相手を見つめ、「個」に応じた適切なアプローチやアドバイスが必要になってくる。さらに、

Seize your Sky

ついに桜が咲いた。それは人生の目標であったし、空の上の雲を掴むような壮大なものだった。でも、絶対諦めたくなかった。「本当に大切なものは目に見えない」と信じていたからだ。 例えば、私が高校生の頃、漠然と南の国に住んでみたいという気持ちがあった。オレンジで染まった夕闇に映し出されるヤシの木のシルエットは、憧れの象徴だった。多くの苦労を経て、やっと辿り着いた留学先の街をあるいていると、本当に大好きなことをして生きている幸せを感じることが出来た。 人の個性が多様であるように、夢の形はひとそれぞれだ。そして、長期的な目標を達成することは、確実にその人の大きな自信と成長につながる。多くの場合、それは具体的な形で手に掴むことができないが、その価値はその人にとって不変で真実なのである。私の場合はそれが英検1級合格だった。 人の生きる使命の1つは、次の世代である子どもに平和な社会を創造するため、社会貢献をすることであると考える。今度は、私の番だ。このサイトが大きな夢や希望を持った同志を支えることができたら幸いだと思っている。今こそ、自分の人生に、自分の大切な人のために、そして社会のために満開の桜を咲かせよう。それこそが、まさに「大空への挑戦」なのである。 “Seize your Sky!!”

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