うるさい「騒音」問題

除夜の鐘は大晦日から新年を跨いで108回突かれる。深夜の「ご~ん」という音を聴きながら気持ちを新たにする人も多いだろう。ところが、その厳かな音を「騒音」だとクレームを入れる人がいる。「寺の周辺に住むようになった新しい住民にも対応する必要があり、いろいろな形を模索する時代」らしい。 保育施設の子どもの声も騒音だとして自治体に苦情を出す人がいる。実際、主要146自治体中の109自治体では何らかの苦情を受けているという。およそ75%である。地域社会の顔の見えない分断がこのような事態を招いているという声がある。なんと「騒音」に不寛容な時代になってしまったのだろうか。 人は音を「共有」できないと不快に感じるのだろう。例えば、電車で友達同士が会話を楽しむことに誰も意義を唱えないが、携帯電話をしているビジネスパーソンには厳しい目が向けられる。集団での立ち位置が重要視される日本独特の歴史的文化である。 それが、悪い意味で表面化したのがこの「騒音」問題だ。地域の分断や過度な権利主張などが遠因である。自分とは関係のない私的な領域において、子どもの声までが「騒音」となるかどうかは、歪んだ社会の我々への「警告」である。 ※参考文献 読売新聞、(2016,12,29)

本物に触れること

新年の行事で楽しみにしているのが大学箱根駅伝である。今年の総合優勝は青山学院大学だった。往路優勝の青山学院大学と2位の早稲田大学の差は33秒であったが、復路に配置される選手の総合力を考えると、すでに勝敗は決していたらしい。結果的には青山学院の圧勝であった。 箱根駅伝では優勝争い以外にもあちこちでドラマが起こる。タスキが繋がるかどうかのタイミングで走者が中継地点に走りこむ姿に思わず力が入ってしまう場面の1つだ。箱根駅伝がここまで多くの人を魅了するのは、台本がない真剣勝負だからだ。皇居ランナーが増えるのはちょうどこの時期らしい。 個人的には、本物に触れるという意味では、新年の祈祷を本殿で行うときも同じ感覚を持つ。学生の頃は、古典の授業を受けてもピンとくるものがなかったが、日本古来の建築物と囲まれ、神主とともに新年のお願いをすると、その当時の世界観を実感する。 英語指導の第一人者である安河内哲也は、著書『できる人の勉強法』の中で「『本物』に触れる」ことの大切さを説いている。もし新年の誓いがマンネリ気味になってしまったならば、「本物」に触れることは1つの打開策かもしれない。テレビに映る学生のようにはいかなくとも、時には寄り道をしながらマイペースに走っていきたいものだ。 ※参考文献 安河内哲也、(2006)『できる人の勉強法』

謹賀新年 2017

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。酉年ということで、鳥に関する有名なジョークを紹介しよう。 A: Why did the chicken cross the road?” (なぜ鶏は道を横切ったの?) B: “To get the other side.” (反対側へ行くためさ) これは、聞き手に肩透かしと思わせる斜め上の「ジョーク」である。 新年は今後の抱負を抱く絶好の機会だ。確かにこの時期の肌を刺すような冷気が私たちの気持ちをピリッとしたものにさせてくれる。しかし、過大な野心や欲望を抱かず、そこそこの期待に応える「肩透かし」は高等戦術だ。たまには息抜きをして、人生を楽しむのも悪くない。 実は、前出のジョークの話はここでは終わらない。その真髄は先ほど形を基本として、どのように笑いを引き出せるかなのである。 B: “It”ll be there.” (そこにあったから) または、ターミネーターから引用して B: “It’ll be back.” (すぐ戻る) 機知に富んだ答えは、間違いなく「ジョーク」を刺激的なものにする。適度な香辛料は美味しい人生には欠かせないということだ。胃もたれをしない程度のバランスで新年を楽しもう。 最後に、鳥にまつわる諺で締めくくる。”A bird in the hand is worth two in the bush”(掌中の1羽は藪の中の2羽に値する)日々の幸せは、自分の心が決めるのものなのだ。人生に「良い加減」な味付けを。どうかお体にはご自愛下さい。 ※参考文献 NHKラジオ英会話上級テキスト4月号(2006年)

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