ここはどこ?私はだれ?

映画『Matrix』三部作の種明かしをしてしまうと、人間が「現実」だと思っている世界は仮想現実で、現実の人間はコンピュターに繋がれた発電装置となっている。そんな奇抜な世界観がいずれは現実のものになるかもしれない。現実と「現実」の区別がつかない未来は、人間の価値そのものを脅かす。シンギュラリティー[技術的特異点]の先で、人間と機械の融合した不死のサイボーグが誕生した近未来の話である。 H.ロズナーは、シンギュラリティーやサイボーグを人間性の観点からどのように扱うべきかという哲学的課題を提示している。つまり、もし私たちの脳の神経細胞を原子レベルで完全に移植することができたら、そのサイボーグは、はたして「私」と同等なのか。サイボーグ化する過程で人間とロボットの境界線を引くことができるのか。もしできるとしたらそれはどこか。また、私たちがナノスケールでの技術進化によって不死を手に入れたとして、周囲の自然環境をどのように扱うだろうか。自然を永遠に付き合う貴重な存在とみなすのか、それとも不要のものとしてぞんざいに扱うのか。「人間が機会とハイブリッドになった未来において、私たちは人生の価値をどのように見出すのだろうか」ということである。 死を超越するほどの進歩に、H.ロズナーは科学的視点から懐疑的ではある。ただ、今の技術革新のスピードに鑑みたとき、そうした事態がいずれの未来で起こることを否定できないだろう。実際、スーパーコンピュータをはるかに凌ぐ量子コンピュータが開発されている。サウジアラビアでは女性には与えられていない権利がソフィアと名付けられたロボットには認められた事が物議を醸している。究

チョムスキーに挑む最新理論とその可能性

理論は簡潔で汎用性が高く、さらに実用的であればなお優れているだろう。人間がどのように言語を習得するかということで一時代を築いたのが、チョムスキーの「普遍文法」である。人は生まれながらにして文法スキームを持っているというものだ。その後、様々な実証に反論すべく、その改定理論となる「原理とパラメーター」モデルを提唱した。それは、諸言語の核文法を想定し、文化等の相互作用によって表出するという理論である。その後の理論も実証的に反駁されている。 そういった流れで新しいパラダイムが登場している。それは、認知言語学や心理学からのアプローチだ。「用法基盤モデル」と言われている。それは、子どもは生来、汎用的なツールを持っており、社会的な相互作用による経験値から独自に言語を学習するモデルである。つまり、新しい視座として、代数的規則やレキシコンを必要としない認知機能、例えばスキーマ化や習慣化、自動化といった処理機構が存在するのではないかという言説である。 どちらも興味深く、しかしその妥当性を示すのは非常に難しい。個人的には、両者の説が脳内神経で入り混じって作動しているように感じる。だから、その明確な答えを導き出すには、歴史的な遺伝の観点から育成環境まで幅広い研究が必要になるだろう。 ただし、そこで得られる新発見は、我々の母語の正確な獲得に大きく貢献するはずだ。また、それが第二言語習得理論に結びつくような革新的な教授モデルが開発されれば、言語教育に多大な利益をもたらすことになるだろう。どういった理論が最終定理になるか分からないが、仮説と実証の往還を繰り返すことで、私たちは言語学の大きな革命に近づくかもし

リーディング勉強法(概論)

英語と日本語の大きな違いの1つに、品詞の順番である。 (例)”Everything that has a beginning has an end.” (映画『Matrix -Revolution-』) (S) (V) (O) (始まりがあるものはすべて終わりがある)~① (すべて/そしてそれは/はじまりがある/終わりがある)~② 上記の①の訳例は、いわゆる後ろから訳しあげているため、英語の語順通りに処理されていない。より複雑な文になってくると、この方法ではあちこに目を動かすことになり、非常に効率が悪い。そうではなく、私たちが目指すのは、英語ネィティヴと同様、英語を「左から右、上から下に処理する」ことである。きれいな日本語訳を作る練習はいらない。理論的には②で十分である。 そして、日本語は助詞があるために単語の位置が重要ではないが、英語には4つのパターンしかない。これに修飾語等の説明・補足が追加されて長く複雑に見えるだけなのである。英語の語順に慣れることが「英語脳」と言われるものである。 そこで、理論的にも経験的んも絶対的なリーディング勉強法が「音読」である。英語を声に出して読むことで、(1)返り読みをせずに英語の語通りにで、(2)日本語を介さずに心象[イメージ]で、理解する(理解させる条件を作る)ことが出来るのである。だから、英語のまま②のかたまりごとに理解していくのである。 リーディングの教材は、読みたいものを読むのでも構わないが、レベルに合ったものが良い。そう考えると、英検は級によっ

Anything essential is invisible to the eyes 〜留学の宝物〜

大学を卒業してすぐにオーストラリアに留学した。将来は英語の教師になると決めていたから、教壇に経つ前に英語圏で海外経験をしたかったのだ。選んだ都市はパースだった。単純に当時の物価が特に安かったからだ。そして、どうせなら何かを身に付けて帰ってきたいと思い、教育機関で情報技術を専攻することにした。 24歳でオーストラリア。それまで一生懸命勉強し、働いて、やっとの思いでやってきた目標の地だ。周囲の風景がすべてきらきらと輝いて見えた。いろいろな国の友達ができ、現地の優しさにも触れることが出来た。英語や情報技術の知識・技術だけではなく、日本では得にくい国際感覚や異文化体験、人生観など多くのことを得られた。紛れもなくそこには自分だけの特別な思い出が詰まっている。 しかし、すべてが順調でハッピーだったわけではない。溜めていた貯金は一気に底をついてしまった。当時、遠距離恋愛をしていたけれど、信頼していた友達に彼女を奪われてしまった。自動車教習所では詐欺被害にもあって大金を取られてしまった。価値観の違いや苛立ちで大切なルームメイトも失った。最終日は本当に失意の帰国となってしまった。 それでも私は留学して良かったと思う。確かに、留学で失ったものは、お金や大切な人々など目に見えやすいものだった。しかし、思い出や経験といった形にできないものを得られたからだ。それは、何にも変えがたい自分だけの一生の宝物なのである。だから、私は人生の一番好きな言葉に『The Little Prince』にある有名な一文をいつも挙げている。 “Anything essential is invisible to the ey

それは感動?

2017年10月28日現在で、東京オリンピックまで残り1000日となった。これにちなんで日本橋では山車を担いだイベントも行われた。雑誌などでは、東京五輪に向けた特集も組まれている。 大会組織委員事務総長の武藤氏は、施設などのハード面ではなく、人と人の結びつきといったソフト面での成果も求めているという。金メダルを目指す選手の真剣勝負は、たとえメディアの脚色があったとしても、色焦ることない感動の物語なのだろう。 競泳の星奈津美選手は、ロンドンオリンピックで銅メダルを獲得した。スポーツ選手としてメダルの獲得は非常に大きい。しかもリオの前には世界選手権で優勝している。にもかかわらず、持病を克服して猛練習をし、リオオリンピックで再び銅メダルを獲得したのだから驚異的である。「自分自身を出し尽くすことが出来た」と言えるような人生を送りたい尊敬の念で記事を読んだ。 日本がメダルをいつく獲得したかに重きを置かれることが多い。メダルの数は国力を示していることは否定できないが、しかし、その数値がどれだけ私たちの心に響くだろうか。それまでのプロセスは置き去りにし、ただ勝敗だけに一喜一憂することにはあまり意味を感じない。ソフト面が本当に目指すべきことはそこではないと思うのである。 ※参考文 「東京五輪まで1000日、山車でお祝い」、(2017 10 29)読売新聞 武藤敏郎、(2017 10 27)、[地球を読む]」「『東京』1000日前 『持続可能な五輪』モデルに新聞」 早稲大学校友会、(2016.12) 『早稲田学報』

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