衝撃!英検にAIを導入発表(前編)

夜に何気なく実用英語検定のホームページを開くと驚きのプレス発表がされていた。実用技能検定におけるライティングとスピーキングでAIの自動採点に一定の成果が認められたということである。特に衝撃だったのは、2次試験のスピーキングの対面式では、1級から3級までは順次採用していくということである。実は研究発表のサブタイトルこそが大きな転換点であると考えるのだ。英検の面接委員はいなくなってしまうのだろうか。 補足にあるスピーキングの自動採点実証研究を読むと、AIがどの程度精度が高いかを見ることが出来る。音声(ただしノイズや沈黙等の音響的問題点を除く)として約90%を正しく認識し、その中で約98%の割合で人間の採点結果と齟齬が出なかったという。今後は人間による通常採点を補完する形で精度の向上を図るようだ。人間は認識が難しい文字や音声に焦点を絞った採点を行うようである。しかし、私は人間が自動採点の補完をするのではないかと予想している。 ライティングに関しては、白紙やグラーマーチェック等の膨大な手間は省けるので採点期間の短縮といった採点側の負担軽減が出来るだろう。ただ、機会が個性ある言い回しやロジック(実は答案作成には必ずしも適していないが)をどれだけ理解できるか疑問が残る。また、スピーキングは対面式の吹き込みとなった場合は、面接委員との軽妙なやりとり、つまりコミュニケーション上の言外の要素、例えばアテイチュードの要素が反映されにくいだろう。CBTのような完全な吹き込み式のスピーキングでは実際に議論する力とは別の能力を求められる気がするのだ。だから、今後はAIの進歩と並行した対面式のコミュニケー

『人工知能は人間を超えるか -ディープラーニングの先にあるもの-』 〜AIの歴史と将来の展望〜

「人口知能は人類を滅ぼすか?」この問いは、人口知能(AI)が自我と身体を持って人類を殺戮する可能性から、私たちの身近な職を奪うことまでを含んでいる。人口知能の専門家である著者が学問的な知見からその答えを見つけようとしている。そして、ディープラーニングの歴史的な発展を踏まえた私たちの未来を予測している。 これまでにAIは3つのブームがあった。第1次AIブームは、「推論・探索型」である。「探索木(たんさくぎ)」のような「場合分け」(If~, then…)の思考法である。「ハノイの塔」(*1)やロボットのプランニング(*2)が代表である。次の第2次AIブームは、「知識型」だ。大量のデータを入力し、その中から該当する可能性の高い事象を提示する。その代表が患者の診断とサポート等の医療診断を行う「ワトソン」だ。そして、第3次AIブームが「機械学習・ディープラーニング」である。一定のデータを入力し、特徴量(*3)を割り出すことで、ロバスト性(*4)を高めていく機会学習のことである。AIの発展としては大きな山を越えたと述べている。 冒頭の質問に対してはどうだろうか。筆者は、近未来においては「ターミネーター問題」は起こらないだろうと推測する。私も現在のAIは専門家の洞察を参考にすると人類の最悪の事態はありそうにないと感じた。少なくともまだ人間の「学習ありき」の状態であるから、人間の支配下にあると言って良い。また、AIには現実世界を分析・判断するには、物の形、匂い、時間、距離、感情などあらゆる情報が必要であり、それも不可能だ。さらには、そうしたノード(物事や概念)を獲得する身体(鉄でも細胞でも)を

『生きる意味』 〜生きづらさの原因を探る〜

「夢や目標を持って生きよう!」そんな当たり前の言葉が高校生の心に響かない。それは大人でも同じなのかもしれない。使い古された陳腐な言葉だからではないだろう。私たちが存在する社会制度や時代の流れから無意識のうちに「生きる意味」を見失ってしまったかっらで、本書はその理由を論理的に推論し、「生きる意味」を見出す方策を論じている。 そのロジックは確かだ。私たちは、業績評価や経済目標といった数値に縛られて生活している。そこでは、客観的で意義申し立てが出来ないような状況に置かれ、個人は捨てられ、組織や社会としての効率が求められている。その後、バブルが崩壊し、グルーバリズムと構造改革によって激しい国際競争に飲み込まれた。そこでは社会、すなわちコミュニティーは誰も私を助けてくれない。私たちは「自由」と引き換えに「(自己)責任」だけを残されたのである。 前半までの作者の鋭い洞察力と確かな推論は今の社会の在りようを理解するのに非常に有効である。ただし、「前半まで」という但し書きがあるのは、後半にかけての未来の展望がやや万人受けしない感じがあるからである。確かにここまでのロジックを考えれば、私的な「苦悩」を乗り越えた「私たちの成長を内側から見る目」=「内的社会」を「中間社会」、すなわちコミュニティーの中に求めることは理にかなっている。しかし、だからといって、例えば、セルフヘルプ・グループに積極的に参加できるかと言われれば(個人的には)二の足を踏んでしまう。もちろん筆者がそうした活動の具現化として「仏教ルネサンス塾」を行なっていることは机上の空論ではないことを表しているのが。 いずれにしても私たちが、な

AO入試等の利点を生かす制度確立へ

本来のAO入試は、生徒の興味・関心や得意・長所等を鑑みて、学校のアドミッション・ポリシー等に十分適合しているかを判断することであった。しかし、慶應大学が始めた当初の思惑は、追随したや大学の私的な理由のために薄れていった。いわゆる大学の「青田買い」である。生徒も早く次の進学先を決定したいために、お互いの利害が一致した格好となっている。公募推薦等も含めた新しい試験制度は少子化による生徒募集の激化で当初の目的を失いつつある。 ところが、そうした動きとは対極をなす高大接続のシステム構築が行われていようとしている。それは、理系を選択している生徒が提携している高校の生徒を大学で受け入れ、研究に必要な知識・技能等を見につけてもらおうとする取り組みだ。生徒が提携する大学に進学を希望する場合には、AO入試等を活用する仕組みである。まずは、先進的な理数教育を行う「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」事業の一環として運用するそうである。 こうした制度化は、AO入試等の志願理由が「オープンキャンパスが良かった」「施設が充実していた」といったレベルで帰結しない。本当にその学問が自分が興味・関心があり、今学んでいることの意味を正確に見つめる機会になるはずだからだ。また、高校での無機質な学習が、今後の展望や描きながらの継続的な学びにもなるだろう。 このような理系の生徒の育成は国際競争社会における国家的な戦略であろう。なぜなら理系分野は人間の生活にダイレクトに技術革命を支える「量」な分野だからだ。しかし、文系、特に文学や哲学・芸術といった分野は実用的ではないとしてこうした事業からは敬遠されがちだ。しかし

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