『「うつわ」的利他』ーケアの現場からー〜コロナ禍から学ぶ「利他」〜
2021年度の大学入試の小論文で最も出題の多かった著者が伊藤亜紗である。その中で最も引用されることが多いのは『「うつわ」的利他』である。そこで、再頻出の問題の全文を目に通したいと思い本書を手に取った。
著者は東京工芸大学リベラルアーツ研究教育院教授で、専門は美学、現代アートではサントリー賞を受賞しており、近年は「利他」を研究テーマにしている。本書では、「利他的合理主義」、「効率的利他主義」の疑義から始まり、陥りがちな「利他的」な他者支配を説明する。むしろコロナ禍で見えた相互互助の中に「利他」の本質を見いだし、他人を思いやる意味でのケアの意味を説明している。そして、筆者は予期せぬ他者の言動を「余白」を持って受けいれる「うつわ」が重要だと述べている。
人は一人では生きていけない。他人のために行う言動が巡り巡って自己のためになるという考えを持つことは生存戦略として当然だ。ただし、純粋な意味で「利他」であることを追求することを考えると、筆者が提唱するように、他者の本音に耳を傾け、それに対してある程度の「余裕」を持って受け入れる「うつわ」が重要だ。先回りをするのではく、即時的な対応力が「利他」の本質なのだろう。論の終盤で上記の内容を平素でありながら力強く指摘した筆者の筆力も圧巻である。
市場原理の数値に縛られることによって、現場に混乱をもたらす管理部門のブルシットジョブ(=くそどうでもいい仕事)は、他者をコントロールしたいという、「利他」とは逆ベクトルの側面があると筆者は言う。確かにこの視点は非常に興味深い。だからこそ、私たちはコロナ禍によって本当の意味での互助のあり方を見つめなす必要があり、そういうった意味で注目の論説なのだろう。
※参考文献
伊藤亜紗、(2021 3 22)、『「うつわ」的利他 ーケアの現場からー』(『「利他」とは何か』)、集英社
Recent Posts
See Allコロナ禍から約3年がたった。世界システムの負の側面が浮き上がり、様々な対策が講じられている。現在も情勢はまだ不安定で、新型コロナウイルスが様々な分野・場面で議論されている。個々では議論がされやすいが、そもそもの感染症の本質を歴史的・医学的に知識として持っておくことが必要だ。 筆者の専門は国際保険医療、及び熱帯感染症学を専門とする長崎大学教授で、本書が出版された前年にハイチ大地震、翌2011年に、東
日本の社会問題の根本にあるものは「格差社会」だろう。昭和の層中流階級社会はバブル崩壊を機に長い不景気に入った。成果・能力主義や人件費の削減にによる非正規雇用が広がった。その流れの中で、AI問題(AIと人間が共存の模索)や民主主義の問題(熟議によるプロセスを重視した民主主義の見直し)がある。現在は、格差社会は教育格差、健康格差、情報格差、所得格差など細分化されて議論されている。そうした問題を改めて再
選挙権の獲得の歴史を考えると、人類はこれまでの参政権を得るために多くの血流と失われた尊い命を失った。したがって、投票日に選挙会場に行かないことは歴史軽視でもあり、行使しなければいけない大事な権利なのである。そして、そのより根源的な政治の仕組みや、概念、哲学、日常との関わりを網羅的に学べるのが『自分ごとの政治学』である。 著者は1975年大阪生まれで、現在は北海道大学大学院法学研究科教授。専門は南ア