top of page

ドライブ・マイ・カー〜シンプルで奥深い物語〜

 2021年、早稲田大学に「国際文学館」、通称「村上春樹ライブラリー」がオープンした。校友会(卒業生)である村上氏の寄付がきっかけとなり、「文学の家」として「キャンパスのミュージアム」化に貢献している。ここには村上春樹の著書だけではなく、彼のレコードやCDのコレクションも置かれている。彼の世界観をいつかは感じてみたいとまずは短編を手に取った。

 ストーリーはと短く、場面のほとんど車内のドライバーとのやりとりが中心で、非常に静的である。この短編は、『女のいない男たち』に所収されているものの1つだ。映画版『ドライブマイカー』は、これを原作としており、カンヌ国際映画祭では3部門、アカデミー賞では国際長編映画賞、その他、多くの映画関係の賞を獲得している。

 この小説が珠玉とされているのは、そのシンプルなストーリーに反比例して人間の、特に男女の思考や心情をある意味では美しく描いているからだろう。男は未練の中で論理的に思考し、演技によって真実に迫ろうとする儚さがある。一方、周囲は、女性の心理や人生には不可思議な部分があり、どうしようもできないものとして理解するかしかないと示唆している。そういった答えのない曖昧な部分が多くの読者の「共感」を得ているのだろう。

 男女の心理、仕事とプラベートでの演技、運転席と助手席、過去と現在、そして物語のテーマである喪失と回復といった対比構造があちこちに張られているようにみえる。そして私には、物語の最終盤は、何かを完全に収束したわけではないけれど、その対比さえもその境界線がぼんやりとするようで奥が深いように感じられる。



※参考文献

村上春樹、(2016 10 10)、『ドライブ・マイ・カー』(『女のいない男たち』)、文春文庫

早稲田大学ウェブサイト、https://www.waseda.jp/culture/wihl/

5 views

Recent Posts

See All

『世界一しあわせなフィンランド人は幸福を追い求めない』〜「人生の意味」をアカデミックに考える〜

フィンランドは世界幸福度ランキングで2年連続(2018年・2019年)で世界一位にランクインした。それ以前にも、フィンランドはフィンランド・メソッドで世界的な注目を集めていたため、家族が紹介してくれた。目次を眺めると、1部「人間はなぜ人生に意味を求めるか」、2部「人生の意味とはー新時代の視点」、3部「より意味深い人生のために」となっている。 この本の主題は、人生に意味に関する考察だ。そしてもしあな

「完璧=自己ベスト」

ストレスコーピングやメンタルヘルスの観点からすると「完璧」を求めることはしばしば自身の負担になることが多い。精神疾患を患ってしまう人はこの傾向が強く、また完璧を求めて自分を追い詰めてしまうこともある。ただ、その「完璧」を求めることが良い方向に進むこともあるらしい。 自転車競技の河野翔輝選手は、早稲田大学在学中にプロチームに所属し、全日本選手権トラックなど、複数のタイトルを獲得している。今後の目標は

『夜と霧』(新版)〜「生きる意味」のコペルニクス的転換〜

人は辛い状況に置かれた時に、その因果関係を追求する傾向があるのだと思う。例えば、困っている従業員は「なぜこんな会社のために働いているんだろう」と考える。個人的には、言うまでもなくあのアウシュビッツの強制収容所に比べたら比較にならないほど幸運であるが、それでも「なぜ生きているのだろう」と考えることが多い。従って本著は「生きる意味」を当事者として読めたように感じる。 『夜と霧』の主人公は、第二次世界大

Comments


Featured Posts

Categories

Archives
bottom of page