戦争反対(ロシアのウクライナ侵攻)
ロシアのウクライナ侵攻は絶対に許されない蛮行だ。もちろん私たちは新米欧諸国の枠組みの中でメディアコントロールされているので、他方にも主張があるかもしれない。しかし、戦争という暴挙が多くの命を奪い、幸せな日常が失われている事実は変わらない。特に、ロシアの戦術は非人道的で絶対に正当化されるべきではない。戦争ではなく軍事作戦だと詭弁を並べ、弱者の市民を殺傷し、人道回廊にも砲火を浴びせる。これらは国際法に違反している。強く非難されるべきだ。
国連は何をしているのだろう。今の国連は創設時の理念にあるような有事の際の抑止力として役割を果たせていない。常任理事国の拒否権も乱用されていて、法的な拘束力のない声明文だけでは効果が乏しい。むしろ国連が公平・公正な立場で調停や仲裁の場を戦略的に先導しなければいけないのに。以前の記事「国連により大きな権力を」でも述べたように、国連が世界の「警察」として武力を保持し、適正に行使されるようにするべきだ。「国連軍」なるものが存在していれば、ロシアのような武力大国にも対抗できるだろうし、サイバー攻撃や同盟関係による経済制裁、サイバー空間によるハイブリッドな戦争にも共同的かつ迅速に対応できるだろう。
この状況では戦争を止めるのは非常に難しい。ロシアの核兵器使用は一種の脅しであるが、皮肉にもこれが戦争の拡大を防いでいる。アメリカが主張するように、NATOを中心に対抗措置を取れば、第三次世界大戦になりかねないだろう。気になるのは日本も核兵器を所有すべきという議論だ。確かに日本の有事の際に欧米が日本を守ってくれる保証はないだろう。しかし、今回のような大戦の繋がる危険性を考慮すれば、ベクトルは逆向きなって、世界中が核廃絶の動きに向かえば良いのではないか。日本は世界で唯一の被爆国であり、その存在感を示すべきだし、それを国連が先導すべきだ。理想論ではなく、喫緊の課題であるという危機感の共有が重要である。存在する限りは破滅の可能性はつきまとう。人類はそれだけ愚かなのだ。
今、私たちにできることは何かと考えたとき、2つのことを提案したい。1つは、ロシアのポーランド侵攻に対して強い非難を表明し、即時の停戦を強く願うこと。2つめは微力ではあるが、人道支援のための寄付だ。例えば、ウクライナ緊急募金に「ブルードット」という子どもと家族を保護する支援拠点を設置する活動がある。閉塞感や無力感は拭いきれないけれど、今はやれることやるしかない。
※参考文献
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