本気でやろう、SDGs
SDGsというキーワードが流行している。2015年の国連サミットで採択された17の目標で、Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の頭文字を取ってSDGsと呼ばれている。SDGsジャパン理事の長島美紀氏は、『早稲田学報』の中で、それらの目標を「5つのP」で整理すると17のゴールが見えてくると紹介していて、ゴール1~6が「People」、7~12が「Prosperity」、16と17がそれぞれ「Peace」「Partnership」であるという「誰一人取り残さない」という理念をもとに加盟国で取り組む目標となっている。
SDGsの取り組みは大学入試でもトレンドの1つになっている。小論文や面接等の人物評価重視といわれている試験形式をざっと見渡すと、SGDsについて説明するものや、SDGsに関して自分の興味関心に基づく比較的表面的な質問が多い。もちろん地方国公立大のように地域貢献と絡めた出題もあるし、今後はこの概念が浸透するにつれて難化する可能性がある。
人類は文字の発明、産業革命を通して自国第一主義のもとに地球を支配してきたものの、食料問題、環境問題、人権問題など解決される目処の立たない危機感が募っていた。現実を冷静に見渡すとその当たり前が不完全であることに驚く。従って、その「当たり前」を国際的な共通目標としたSDGsの制定は高く評価されるべきだ。シンプルな目標と分かりやすいイラストに啓発され、近年では関連した取り組みを見かけることが多くなったように感じる。
問題はその目標が理想的過ぎて、結局達成されずに無力感が漂うことである。国連サミットではは2030年までの達成目標としているが、これが非常に困難であることは容易に想像できるからだ。国連はそもそもロシアのウクライナ侵攻でその役割を果たしたとは言えず、京都議定書・パリ協定のような国際決議もその成果は実感しにくいものとなっている。目標先行で机上の空論とならないように、進捗状況の評価及び今後の展望等は責任を持って先導すべだろう。提唱する側は、策定内容を達成することが「当たり前」という責任感ー責任追及という意味ではなく、むしろ近いのは野心ーを大事にして欲しいのだ。そうすれば私たちも身近のことから積極的に取り組む気概が生まれるというものだ。SDGsに必要なのはそうした真剣さだと考えている。
※参考文献
早稲田大学校友会、(2022・8)『早稲田学報』
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