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「なぜ自殺をしてはいけないのでしょうか」  あなたはどのように考えるだろうか。

 先日、夜回り先生こと、水谷修氏の講演会に出席した。

 少し家を出たのが遅れてしまい、時間ぎりぎりかなと思いながら講演会場に向かうと、予想以上に早く到着。階段を上り4階の大会場に着くと、まだ開場直後だというのに、前方の方はほぼ埋まっている様子。思わぬ人の多さに圧倒されながら、反対側をみると、いた!水谷修氏である。書籍販売のとなりで、サインを行っている。そこで、筆者も早速、サインをいただいた。写真はそのときの写真のものである。

 サインをもらい、いざ講演会場へ。席はかなり後ろの座席まで埋まっていた。後で分かったことだが、現職の教師も含めて子どもからお年寄りまで幅広い年齢の方が来場して、最終的にはいすが足りなくなり、立ち見の方も出たようだ。私は仕方なく最前列の方向に足を進めたが、なんと最前列はほとんど人がいないではないか。いくつか張り紙がしてあり、おそらく関係者の方の優先席であったようだが、それでも中央は開いている。万一、ここは一般の方は座れないという場合があればそのときに、場所を変えればよいと思い、最前列のほぼ真ん中に座った。幸いにも、自分の席は予定席ではかったようで、最高の位置に座ることができた。

 さて、講演会であるが、さすがに講演会慣れをしているというか、口調に独特のものを感じるものの、この後、何が話されるのだろうと聞き入ってしまう。これほどまでに興味・関心を聴衆に抱かせるものは、やはりその発せられる言葉ひとつひとつや、表情やしぐさ、話の内容に経験から裏打ちされた重みがあるからかもしれない。このような講演会に限らず、授業やプレゼンテーションなども、その人間性が言葉に表されるのかもしれない。

 さて、公演の内容であったが、テーマは「明日、笑顔になあれ」であったが、主題は社会の闇と子どもの関係や教育的観点から見た命の大切さについてであった。内容は深く重いものであるが、冗談や具体的な体験談、観客への挙手といった要素から非常に、聞きやすい内容であった。同時に、その場の雰囲気と水谷先生の言葉の重みなどから、いやそれ以上に内容が心に響く、考えさせられる非常に濃いものであった。

 公演の中で印象に残った話から、いくつかを紹介したい。

 最近の問題行動にリスカットがあるという。それが、つまり、今までのような暴力や性といった「夜の世界」の問題行動ではなく、自宅の部屋の中で、夜に死へと向かう子どもがいるのだ。それに気付いたのが8年前。それ以降、水谷氏は必死に戦い続けた。それでも、救えない命があったという。しかし、それでも水谷氏を支えたのが、昼の生活に戻った生徒の「笑顔」であり、また、「ありがとう」という言葉であるという。

 あるリストカットで苦しんだ21歳の女性の事例が紹介された。彼女は、引きこもりであり、部屋を黒いビニールテープで覆って数年間生活していた。そして、水谷氏に相談の電話をしてみた。彼女は「なんで死んではいけないのか」という疑問を投げかけた。それに対して、水谷氏は笑いながら電話を切ったという。その後も電話での関係は続き、彼女は徐々に心を取り戻し、特別養護老人ホームで働くことになった。そして、そこでついに彼女は疑問の答えを見つけ出した。

 介護を担当したおばあさんが、彼女の丁寧な介護に対して、「ありがとう」と言い、その直後にたまたまめくれた袖から手首のリストカットの跡を見つけられた時だった。おばあさんは、泣きながらその傷をなでてくれたという。

 水谷氏は言う。「人はなぜ苦しむのか。それは、自分のことしか考えていないから、自分の過去しか振り返らないから」。そうではなくて、人のために何かをすると、「ありがとう」という感謝の言葉をもらえる。それは、自分が必要とされている証拠でもある。すなわち、人が生きなければならないのは「人は誰かを幸せにするために生きているからだ」。そのことに、彼女は気付いたのだ。だから水谷氏は、「水谷学校は卒業だよ」と言ったという。

 つまり、「人は誰かの為に生きられるからこそ、死んではいけない」のだと考えられる。「なぜ自殺をしてはいけないか」という「命」の大切さ、答えに触れることができたのだと思う。

 アイという少女の話も取り上げられたので紹介したい。

 アイという少女は、60代の男性とホテルに入るところを、水谷氏に補導された。彼女は当時、まだ中学生であった。

 その原因は、中学受験に失敗したときに、親が発した言葉であった。

「あんな中学にも入れないなんて、いったいあんた誰の子。」

 この一言でアイは親を捨て、夜の世界に入った。しかし、彼女は目立ちすぎた。生意気だという理由で、7人の男に強姦された。アイは汚れた。そして、自分を捨てた彼女は、その後、ろくに性の知識も知らないために、避妊もせずに45人の男性と関係を持った。そして、彼女は、性感染症にかかり、最悪なことにHIVに感染した。その後、すぐに彼女はエイズを発症した。そして、アイは1000人以上の男と関係を持った。男性への復讐であった。最終的には、水谷氏に出会い、高校を卒業することを目指すが、その夢は叶わなかった。

 エイズを発症した後の彼女の様子は、筆舌に尽くし難いものであった。そんな彼女は水谷氏にあるお願いをした。

「すべての講演会でアイのことを伝えて」

「人の美しさは、生き方、生き様、心の美しさ、やさしさをいう。幸せは太陽の下、昼の世界にしかない。」(途中省略)

 そして、彼女はまさに壮絶な闘病の末、水谷氏の前で息を引き取った。

 私は、昨日の夜、アイの夢を見た。会ったこともない女性であるが、彼女は私の前に現れた。私は、水谷氏と同様の気持ちを持ってパソコンの前でキーボードをたたいている。それは、アイという存在がいたことを、アイが犯した失敗を、そして、アイの命の叫びを後輩に伝えるということだ。いや、アイに言いたい。後輩だけじゃない。私達、大人もあなたから多くの貴重なことを学んでいるということを。アイは間違ったかもしれないが、私は、必ずあなたの言葉の伝道者になる。

 「命」は、はかない。だからこそ、普段の生活そのものが「命」である。私たちは、自分の人生を、「命」を大切にしなければならない。昼の世界でのみ、「命」を全うしていくことを教えてもらったのだから。

 水谷氏の講演の中で、薬物・ドラッグの恐ろしさを十分に教えていただいた。それは、世間の、水谷氏の最大の敵である。

 水谷氏は薬物の恐ろしさを、薬物使用の結果に起こる体への影響と、その苦しみの実例を紹介した。

 薬物を使うとどうなるか。薬物を使う女性が死ぬ大きな要因は出産である。いきむことができない。残された方法は麻酔を使って帝王切開。しかし、ここが薬物の本当の怖さである。薬物使用者には、麻酔は効かない。つまり、麻酔のない帝王切開は、切腹と同じである。心臓が止まる。

 昨日、紹介したアイの場合は違った。エイズの痛み、死への恐怖を和らげるためにモルヒネを使った。しかし、失敗した。なぜなら、アイも薬物を使っていたからだ。心臓は止まらない。モルヒネの副作用で暴れるらしい。関節という関節が音を立てて抜けていく。地獄の苦しみである。そして、彼女は死んでいった。

 水谷氏が薬物と戦う原因となった事件があった。18年前、母子家庭のマサフミというシンナーを使用していた少年に出会った。マサフミは水谷氏を慕った。しかし、薬物から抜け出せなかった。ある日、彼は水谷氏を責めた。理性を失った水谷氏は彼を突き放した。彼は、こう言った。「水谷先生、今日冷たいぞー!」その直後、マサフミは、ダンプカーに飛び込んだ。シンナーの幻覚から光が何か美しいものに見えたらしい。即死だった。遺体は病院に運ばれた。話から想像するに、顔面はぐちゃぐちゃで原形をとどめていなかったようだ。2日後は通夜。母親と2人きり。火葬場に行った。母親は戻ってきた台車に、90度の灰を火傷しながら握りしめて泣いた。母親はこう泣き叫んだ。「シンナーが憎い、シンナーが憎い。シンナーはマサフミを2度殺した。一度目は命を奪い、2度目は骨までも奪った」。シンナーは骨をすかすかにしてしまう。「箸渡し」をした。しかし、わずかに残ったお骨を10センチ持ち上げた。しかし、箸が空を切った。

 今、感じた悲しさこそが、薬物の恐ろしさである。

(本文そのまま)

「拝啓

 先日は先生の講演会に出席させていただき、貴重なお話をありがとうございました。非常に考えさせられ、心を動かされるとともに、命の大切さ、教育の重要性を痛感致しました。

 私は、(省略)。

 先生のお話の中で、私は、命の大切さを十分に気付かされました。『自分の命は自分のものなのだから、なぜ自殺してはいけないのか』という疑問に対して、漠然とした答えしか見えていませんでしたが、先生の講演で、その答えがはっきりと心で理解できました。人は一人で生きているわけではありません。先祖の方々が、私まで命の糸を絶やさずに、そして、時には、長い歴史の中で多くの命の犠牲の上に私が成り立っているということに気付きかされました。特に、先生の、沖縄自決の話は、心に突き刺さるものがありました。

 社会問題・教育問題にも考えさせられました。『気付いていないのは教育現場と行政だけだ』というお言葉には、これからの課題として、私達、大人がもっと意識を高めていかなければならないと感じました。

 先生は、講演の中で、マサフミ君とアイさんの話をされました。

マサフミ君に関しては以前、購入した書籍の中で拝見していましたが、よりお母さんの様子、葬式・通夜の様子を生々しく聞いた時、薬物の恐ろしさ、失うものの悲しさ、中でも、箸渡しさえもできないほどのシンナーの威力や先生の実体験からくる声の重さを今でも忘れられません。また、アイさんのお話も同様に、私の心の中でも今でも生きています。私は、アイさんに会っていませんし、アイさんと約束をした訳ではありません。しかし、私はもし、許されるのなら、そしてそれが独りよがりにならず、正確な事実と命の大切さを伝えることを忘れずに、アイさんの気持ちを尊重し、私もアイさんの生きた証を、少しでも他の人に知って欲しいと思っています。

 (中略)

 先生、お体には十分お気を付けてください。先生の今後のご活躍をお祈り申し上げます。

敬具」

参考文献:

裏C、(2010) GHF’03 「誰かが一言」

水谷修、(2009)『夜回り先生』


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