叱るということ (revised ver.)


 叱ること、それ自体は簡単である。怒ればよい。しかし、叱ることによってたくましく育てなければならない。教育現場では確かに叱れない教師は失格かもしれない。しかし、叱ってばかりが教育とは絶対に言えない。また、叱るには教師の連携が不可欠である。必ず守らなければならない。

 また、集団への叱るという行為は、その集団を正しく不正のない方向へ導くことにもなる。そうすることにより、規則を遵守し、個人を守る集団へと変化する。叱ることは教師のみならず、家庭や自分自身でも行わなければならない。難しいことに、家庭や自己には学校とはまた違うアプローチが必要だ。叱るとはどういうことか。『高校生の叱り方』(鈴木敏利)を参考に考えてみた。

 子どもが精神的に成長する叱り方を、子どもの本質も見ながら考察してきた。叱るとき、生徒の内面に寄り添い、励まし、一方で叱っていくことが必要である。このとき、それぞれの状況で子どもに合った適切なアドバイスも必要になるとともに、相手の言い分を良く聞くなどの接し方が必要になる。一人ひとりにあった援助や教育方法を考えることだ。愛と教育は結び付いている。さらに、全体での指導では、意味ある見せしめと、子どもに合った、且つ適切に説明し、考えさせる必要がある。子どもは自分で自分を律し、叱ることで成長できるからだ。叱ることが子どもの内面を変えることができれば良いのだ。  叱るということは、子どもの内面からの変容を期待することが大切である。心からの変化がなければ、叱ることは一時的なものになってしまう。そのために、相手を見つめ、「個」に応じた適切なアプローチやアドバイスが必要になってくる。さらに、何度もあきらめずに心底、子どものために指導し、共感し、待つことが大切だ。また、叱りは計算しつくされたものであるべきで、感情的にならず冷静に演技をしなければならない。すなわち、どのような指導する状況においても、内側からの変容を期待し、愛情を持って指導することが最も大切である。

※参考文献

 鈴木敏利(1997)、『高校生の叱り方』学陽書房

 裏C(2009)、GHF’03 「誰かが一言」


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