英検は英語学習者の敵か?

July 24, 2016

 The Japan Timesに「英検は日本の学習者にはむしろ悪い影響を与えているか」という記事が出ていた。私なりに要約する。英検のテストには、英検の公式サイトを含めその妥当性・信頼性の担保が提示されていないという。国際的にも日本人の英語力は低いという調査結果もあり、日本国内では、英語は共通語としての役割を果たしていない。実際の問題を見てみると、例えば、英検1級の語彙問題は難度が高く、一方でリスニングが不自然に遅く、スピーキングも従来の機械的準備が可能で、総じて「受験英語」なのである。むしろスマートフォンを使うなど代替の学習があるのだから、この予定調和的な試験は刷新される必要に迫られている、という内容である。

 結論から言うと、この記事には賛成できかねない。そもそも英検が英語学習者にとって悪であるという妥当性がない。記事に登場する人物は、TOEIC受験で実社会に照準を合わせた英語勉強方法をした結果、高得点が取れたいうが、それは英検受験でも同じではないのか。もちろん英検にも問題形式と傾向があり、そのための戦術は存在する。しかし、そうしたテクニックだけではすぐに限界が来る。例えば、英検1級合格を目指して英検準1級の力で戦術を駆使しても無理である。本物の力が必要であることは自身の経験からも、また、多少英検のことを分かっていればすぐに気づくことである。実践的に基本事項を繰り返すことは、言語習得の王道である。英検の出題は、改良の余地はあるものの、現存の試験の中では、最もバランスを良く4技能を測り、汎用性・知名度においても信頼性が高いのである。

 日本人が他国に比べて英語が出来ないという事実に強く反論することは難しい。ただし、他国とは異なる条件はある。第一に、日本は海に囲まれているため他国に比べると言語国家とは言えない。そのため、富が二極化していく中で、英語を使えることが「勝ち組」となりえる可能性が高いことに気づきにくい。日本では現在のところ学問や仕事をはじめ、日常生活は英語がなくとも基本的に困らないからだ。第二に、長く日本の教育と階級を作ってきた根源は、大学受験である。社会は、ペーパーテストで高得点を取れる人材がより仕事が出来る傾向にあると考える。そして、何万人もの大量の受験生を正確・公平かつ低コストで採点するために、テストは機械的かつ相対的評価でなければならず、従って、大学受験の英語は、文法と長文が中心であった。そこで、英検協会もその社会的ニーズに合わながら、問題を作ってきたことは想像に難くない。つまり、英検が英語学習の弊害なのではなく、そうした社会的背景が黒幕であると考えるべきなのである。

 しかし、学校の教員及び生徒の知識と技能が問題になることは現役教師としては悔しい限りだ。「100をしってこそ1を教えられる」という格言を信じて、私は人生をかけて英検1級を取得した。今、時代は動いている。英検とともに英語教育は過渡期に来ている。これからの教育に求められることは、知識授与の一斉授業ではなく、学びの場を創造するファシリテーターである。英検は学校現場では生徒の学習のモチベーションを高めるに良い目標となりえることは確かだ。だからこそ、英語学習及び指導の理論と実践の融合とともに、テストそのものが変革を遂げれば、日本の英語教育は大きく変わるだろうと考えている。

 

 

※参考文献

The Japan Times (2016)  "Is the Eiken doing Japan’s English learners more harm than good?"

 

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