• Tom Kurihara

「総合的な学習の時間」の必要性・可能性・課題 (Revised Ver.)


キーワード:知識基盤社会、「学力」と移行支援、教育理念

■はじめに

 平成10年の学習指導要領改定で導入された「総合的な学習の時間」は、学力論争による教育方針の転換等によって、その教育理念・展望が不明瞭になる危険性を孕んでいる。しかし、学習指導案が明記する「基礎的・基本的知識・技能の習得とその活用する力の育成」は、現在の激しく変化する知識基盤社会において子どもの社会貢献と将来の社会での自己実現を導くためにも、「総合的な学習の時間」が学校教育で意味を持って機能することが求められている。

■「総合的な学習の時間」の必要性

 知識基盤社会が子どもに与える教育的影響は大きい。現在の日本は、従来の農耕型社会、工業化社会から消費社会へと変貌し、職場中心の正統的周辺参加から意図的・計画的な学校教育へと変貌した。しかし、受験戦争に代表されるように知識・技術の偏重は、実生活で求められる人間的な素養・能力の側面を軽視する傾向があった。高橋(2002)は、こうした流れを人間学的視点から子どもの成育環境状況が農耕型社会の「ミメーシス・パラダイス」、工業型社会の「開発パラダイム」を経て、現在は、消費型社会の「自己選択パラダイム」であると整理し、子どもは人材育成を主眼にした工業化社会的な学校教育観の下に「プログラム化された教育を受け、プログラム化された走路を走っている」からこそ、子どもの他者との関わり合いが重要であると述べている。このような考え方は、他の教育分野においても盛んに叫ばれていることであり、例えば、キャリア教育が抱えるニートや引きこもりといった社会問題は、子どもの基礎的・汎用能力を育成することで、子どもの将来のライフステージにおける「在り方生き方」を目指している。このように、学校教育に求められていることは、学校・教師の表面的・形式的な知識・技能の伝達ではなく、子どもの「学校知」を介して得られる経験的な物語の追求である。

■「総合的な学習の時間」の可能性

「総合的な学習の時間」が目指すものは、第一に、各教科の目標や学習内容等が「総合的」に結実した「確かな学力」の育成である。従って、社会的事象等の課題を見つける、その構造や因果関係を見抜く、言葉で相手を説得するといった力は、それぞれの教科で培った基礎基本を活用するとともに、子どもの学習意欲を継続的させることで数値化できないものまでを含めた「学力」の形成や学びへの意欲・態度を育成することに繋がる。例えば、田中(2008)は、フィンランド・メソッドは「総合的な学習の時間」等で「言葉の力」が、子どもの①よさを認める力、②笑わせ和ませる力、③励まし応援する力、④心を伝える力、⑤合意を形成する力、を育成することが可能であると提唱している。従って、「学力」を統合することが逆に、学力論争に最終的な終止符を打つことができる。第二に、「総合的な学習の時間」が学校という「小さな社会」から実社会への円滑な移行のための資質・能力・態度等を育成することを目標としている。ゆえに、「総合的な学習の時間」は、学校の内部及び地域・家庭といった外部との連携により、教師が社会全体中で求められている指導の在り方を追求するとともに、学校の人材・資源を超えて地域や家庭の教育力と共鳴することで、社会や国家の発展だけではなく、子どもの輝かしい未来や地域・家庭の願を具現化する重要な契機となっていると言える。藤井(2004)は、学校が子どもの教育において社会の中心的役割を果たすとともに、教師の自己実現や社会の協力・応援こそが「学校力」を向上させると述べている。

■「総合的な学習の時間」の課題

 しかしながら、総合的な学習の時間は、近年のほぼ全員が高校に進学する実態の中で出口を意識した進路指導の困難さが個性や能力を重視に起因するトラッキングが学校をより深刻化していることで形骸化する危惧がある。例えば、実際、家庭や社会からの進路実績の重圧は重く、「総合的な学習の時間」の教育理念を失いかけているところもある。従って、最も大切なことは、社会全体が「学力」の本質的な意味を、各教科の「学校知」と実社会で求められる「生きる力」が、すべての学校種の指導体制と有機的に関連させながら有機的に定義されることである。これこそが、まさに藤井(2002)の言う「確固とした哲学(フィロソフィー)と展望(ヴィジョン)」が欠如しているために、「人間として逞しく育て上げ」るための「戦略(ストラテジー)」が現場に浸透していないという大きな課題である。そうした教育理念こそが学力を超えた本当の意味での人間の教育、人格の完成に繋がると言える。

■まとめと今後の展望

 「総合的な学習の時間」は、「学力」の育成の範疇を十分に超えた、子どもが社会の一員として社会に貢献するとともに、将来の社会で自己実現を図ろうとする力を育てるための中核を担う教育であると考える。

※参考・引用文献

高橋勝、(2002)、『文化変容の中の子ども ―経験・他者・関係性―』東信堂

田中博之、(2008)、『フィンランド・メソッドの学力革命』明治図書

藤井千春、(2004)、『生活科・総合的な学習で高める「学校力」』明治図書

藤井千春、(2002)、『子どもの求めに立つ総合学習の構想』明治図書

藤井千春、(2002)、『総合学習で育てる学力ストラテジー』明治図書

✳︎本稿はTom (2012) GHF'03「誰かが一言」を一部訂正したのもである


42 views

Recent Posts

See All

夏の教育セミナー 2020 〜L・Rは日々の積み重ね〜

今年の夏の教育セミナーは、新型コロナウイルス感染防止の観点からオンラインで視聴するという形になった。実施会場まで足を運ばなくて済んだももの、多忙からすべての内容を視聴することが難しかった。ただ、言うまでもなく例外なのは受験生や保護者、そして指導する教職員、教育関係者も同様である。個人的には、大学入学共通テストを始め、2学期の戦略を立てる上で重要な視点を再認識できたとように思う。安河内哲也氏の動画は

『知の体力』 〜高等学校の学びの本質〜

大学の卒業論文には苦い思い出がある。大学受験までの思考、つまり授業の課題には常に答えがあるという固定概念のせいで、答えのない問題に自分なりの意見を見つけることがあまりなかった。一応卒論ではある程度の結論には達したが、参考書の引用や見解をなぞる部分も多くなってしまった。指導教官に喫茶店で叱られた苦い思い出もある。もし私が学生時代に新書『知の体力』を読んでいたら、卒業論文はまた違った結論になっていただ

学びの見える化

英語入試改革として、民間英語試験の導入と以降措置として大学入学共通テストが導入される。4技能に向けた大学入試や授業などの大きな改善や工夫が求められている。そこで、太田光晴時代が提示した元号ごとの比較を比較することで、これからの英語教育についての展望を描いてみたい。 「昭和」~「いかに教えていくか」(=teaching) 「平成」~「いかに学ばせるか」(=Learning&learning outc

Featured Posts

Categories

Archives

Copyright © 2016-2020 Seize your Sky All Rights Reserved.