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ここはどこ?私はだれ?


 映画『Matrix』三部作の種明かしをしてしまうと、人間が「現実」だと思っている世界は仮想現実で、現実の人間はコンピュターに繋がれた発電装置となっている。そんな奇抜な世界観がいずれは現実のものになるかもしれない。現実と「現実」の区別がつかない未来は、人間の価値そのものを脅かす。シンギュラリティー[技術的特異点]の先で、人間と機械の融合した不死のサイボーグが誕生した近未来の話である。

 H.ロズナーは、シンギュラリティーやサイボーグを人間性の観点からどのように扱うべきかという哲学的課題を提示している。つまり、もし私たちの脳の神経細胞を原子レベルで完全に移植することができたら、そのサイボーグは、はたして「私」と同等なのか。サイボーグ化する過程で人間とロボットの境界線を引くことができるのか。もしできるとしたらそれはどこか。また、私たちがナノスケールでの技術進化によって不死を手に入れたとして、周囲の自然環境をどのように扱うだろうか。自然を永遠に付き合う貴重な存在とみなすのか、それとも不要のものとしてぞんざいに扱うのか。「人間が機会とハイブリッドになった未来において、私たちは人生の価値をどのように見出すのだろうか」ということである。

 死を超越するほどの進歩に、H.ロズナーは科学的視点から懐疑的ではある。ただ、今の技術革新のスピードに鑑みたとき、そうした事態がいずれの未来で起こることを否定できないだろう。実際、スーパーコンピュータをはるかに凌ぐ量子コンピュータが開発されている。サウジアラビアでは女性には与えられていない権利がソフィアと名付けられたロボットには認められた事が物議を醸している。究極には、意識の移植とコピーによってクローンサイボーグが誕生するかもしれない。

 サイボーグから誕生した「私」の定義は曖昧になり、クローンは「私」を拡散してその存在は不明瞭になってしまうだろう。「人間とはなにか」という問いが哲学から現実的な倫理の問題になる日も遠くないのかもしれない。カーツワイルは、「神経系の中からバーチャルリアィティーを生み出すだろう」とさえ述べている。それはまさに『Matrix』の世界観に近い。ポストヒューマンの時代を迎え入れる倫理がはっきりと必要になってくる時代がいずれ来るだろう。

※参考文献

H.ロズナー、(2017)、『日経サイエンス 2017 05』「人間性の黄金律」


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