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『バカの壁』 〜自他尊重の精神を持つ〜


 豪州に住んでいたときのルームメイトは、ある宗教の熱心な教徒であった。彼には教会にも連れて行ってもらって、とても優しかった。しかし、私は心から共感することが出来なかった。彼の「神」が目の前にいる、と言われても、私には実感が持てなかったからだ。「見えないよ。」私の浅はかな思考は私たちの友情を大きく割いてしまった。懺悔の気持ちでいっぱいだが、一生この罪は背負っていかなければならないのだろう。私は、本当のバカだった。

 著者は、私たちは脳内で絶対だと信じいている領域と、その外側の現実世界があり、その間に「バカの壁」があると主張している。実際、私たちの言動は、脳への入力(知識や情など)をx,出力(体の動き)をyとすれば、感情・社会適応を係数とした「y=ax」という方程式が成り立つ。この係数が人によって異なるのだ。日々変化する「身体」が普遍的な(暫定的な性質の)情報を係数を掛けながら解釈していく。また、日本は、戦後は「身体」を忘れて脳で動くようになっている。また、衣食住の満ちた社会は機能的・組織理論で相互援助や無償の奉仕を忘れてしまい、生きる意味を失った「共同体」の崩壊を招いている。「寝ている間に人は変わるといった「無意識」をも排除されている。近年は、社会的認識である「共通了解」を強いる一方で、教育では「個性」を求める矛盾すらも指摘している。筆者は述べていることは、私たちが認識している世界だけが正しいという一元的な思考では、いつまでも自分のにとっての分からない世界があるという「バカの壁」に気づけないとということである。

 筆者は望ましい教育に関しても次のように述べている。「好きなことのある教師で、それが子どもに伝わる」ということだ。つまり、教師が教えられるのは、突き詰めれば3つではないだろうか。第一に、「常識と論理」。人を殺さないといった人として自明の真理と数学といった論理的思考力だ。第二に教師が持つ興味・関心の部分、つまりその教師の「壁の内側」の部分だ。それを生徒が、こういう世界があるのかと感じる。それが生徒の「壁」の内外、どちら側になるかは生徒次第なのだから。そして第三に、教師はそれを受け入れられないことも勘定に入れないといけない。つまり、「自他の尊重」である。自分の認識できる部分と自分に理解できない世界観があるということ。それが、「常識と論理」に外れない限りは認め、尊重する姿勢が大切なのではないか。

 本書は、自明だと思っていることが本当は非常に怪しいものであるということ、そしてそこから「身体」「共同体」「無意識」と斬新な視点で現実を捉え直している。教育に携わっていた人間が学校で教えられている世界でさえ懐疑的な視点を向けている。それは教育の世界だけではない。冒頭の宗教観の違いは、世界では宗教対立(ときには戦争)として表面化している。だから、私たちは「共同体」の中で自己を確立し、他者の立場を尊重するというのが本書から得た肝ではないかと思っている。…という意見は、あなたにとって「バカの壁」の内側なのか、外側なのかは私には分からない。

※参考文献

養老孟司、(2003 4 10)、『バカの壁』


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