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『ほしのこえ』(考察編)

 本稿は、映画版『ほしのこえ』に関して、ノベライズ版をヒントに以下、本編の考察していく。

 新海誠本人が小説を書いているわけではないが、執筆者は、劇中の数秒の描写も細かく書いているので、本編の短い描写の意味がより味わえる。また一方で、新設定を加えることの功罪も分かっていながら執筆している苦労も述べられている。いいずれにしても、「あとがき」にあるように十分に原作を解釈してから「物語を少しふくらませてみた」ことから、小説晩から映画版の深みを味える。


※以下、映画の本編のネタバレあり。


金字塔的な冒頭シーン

 本作は「セカイ系」の代表的な作品とされている。その確かな定義はないものの、概して世界の運命を背負った主人公(主にヒロイン)とそれを見守る主人公(主に非力なヒーロー)の両者が、その重い運命に反して内省的な描写を中心に描いていくジャンルである。一方で、この映画の最初にくる「世界って言葉がある」という印象的な映画冒頭のシーンがある。「セカイ(系)」というフレーズが私たちの定義決めに無意識に、しかしはっきりと影響を与えたのだ。私は、ここに「セカイ系」という言葉の由来を強く信じる。


本編に出てくる宇宙に関する専門用語

 物語を構成するこの世界独自の用語であるため、初見では難しく感じることもあるかもしれない。すべてSF用語で現実世界には用いられない用語である。

タルシス人(タルシアン)[TARCIAN]

 地球外生命体。火星にいた人類調査隊が彼らに襲われたことでその存在に気付いた。人類をはるかにしのぐ知識・技術を持っているが、その由来、行動範囲やその目的や生態などの多くは不明である。人類の言葉を理解し、意識に入り混むような特殊能力を持っていると推定されている。

コスモナート・リシテア号

 宇宙を航行する恒星間宇宙戦艦の母艦の1つ。国連がたタルシアンを探索するための国連宇宙軍(貨物列車には、United Nation Spacyの文字がある)を構成した母艦である。

トレーサー

 人型汎用調査ロボット。『ガンダム』シリーズに出てくるロボットに酷似している。また、外部からの攻撃を受けた際にはATフィールドを思わせるバリア(外部攻撃を受けるとバリアが出現して本体を守る)機能もある。

タルシス遺跡

 火星調査隊がタルシアンの化石とその文明が残っていた遺跡。このとき、調査隊はタルシアンに襲撃され、壊滅状態となった。これをタルシアン・ショックと読んでいる。厳密にはなぜ襲撃を受けたのかは不明である。

ハイパードライブ

 宇宙のある点からある点まで光年単位で瞬間移動(WORP OUT)する技術。その特異点は宇宙に散財していて、その点はショートカット・アンカーと呼ばれている。ただし、一方通行であるため、帰りの近道は保証されてない問題点がある。宇宙規模でのショートカット・ネットワークの構築を目指している。

アガルタ

 シリウス星系α・βにあるシリウス第4惑星。太陽系以外で人類が初めて到達した惑星である。地球とほぼ同じ環境、天候で、動植物もまた地球のそれに酷似している。そこでタルシアンの文明らしきものが発見されたのだが、直後にタルシアンとの大激戦が始まった。


ミカコが選抜メンバーに選ばれた理由

 なぜミカコが国連宇宙軍に参加することになったのかは本編からは読み取れないが、小説版ではわずかに記述がある。それによると、すでに軍と家族との間では話がついていて、本人はエージェントを含めた家族協議で説得されたようだ。ただし、なぜミカコであったのかといった詳細までは不明である。


タルシアン探索目的とは何だったのか?

 国連宇宙軍の人類のタルシアン探索計画には矛盾が生じている。劇中の新聞にもあるように、計画内容はタルシアン捜索であるが、タルシアン出現時のBGMが緊迫しているので、戦闘行動には違和感を持たないかもしれない。しかし、タルシアンの最初の行動は、攻撃的ではなく、むしろ触手を伸ばして観察しよう(ミカコの心を読もう?)としている様子も見られる。従って、冥王星でタルシアンを発見するとミカコは一方的に攻撃を仕掛けている、またはそのように訓練されていたように解釈もできる。一方、アガルタではミカコに先制攻撃しているが、それが冥王星またはその直前のコンタクトの報復なのかは明らかにされておらず、タルシアンの行動は脅威のままとなっている。

 一方で、「大人になるには痛みも伴うけど、でもあなたたちならずっとずっと、もっと先まできっと行ける。(中略)託したいのよ、あなたたちに。」アガルタのタルシアンはテレパシー的交信をミカコと試みた。小説版では、アガルタの交戦ではタルシアン側には強い戦闘意識がなかったという分析結果が出ているとも記述されている。人類は技術面だけではなく、精神的にもまだ「子ども」のようなコミュニケーションしか持っていないということを暗示しているように見える。

 現実社会では、私たち人類は最新テクノロジーを発達させている一方、人類が持っている不完全性や幼さ、野蛮性を暗示しているようでもあるが、いずれにしてもタルシアンの行動には不可解な点が多い。


最終シーンの謎(ミカコは死んだのか?)

 映画の最後に冒頭の2人が「私/僕はここにいるよ」とオーバーラッピングしたことで「セカイ系」という定義を決定的にした。これら2つのシーンが両方とも内面に焦点を当てた演出であったことに、新海誠の類い稀な構想力を感じ取れる。

 映画版では、大タルシアンを一刀両断にした後、トレーサーが完全停止したように見えるために美加子の生死を心配させるような描写となっている。しかし、アガルタでタルシアンとの交信している夢を見ている際に、タルシンが扮した美ミカコの左手薬指に指輪が嵌められている。ここだけで1カットはっきりと描写されていることから、今後のノボルと結ばれることが暗示されている。そこで、ミカコは生きてノボルに再開する可能性が高いと解釈したい。


映画のテーマ

「私たちは、たぶん、宇宙と地上にひきさかれる恋人の、最初の世代だ。」携帯電話という身近な道具で想う人と連絡を取れるはずが、徐々に時間や空間的距離が文字通り天文学的に離れていく。それを2人の心情の変化、それも世界の運命とは真逆の内面を描写していく。切なさと「セカイ系」時間と空間のすれ違いをテーマにしたのが新海ワールドだ。


**********

 ちなみに、小説版『ほしのこえ』は、映画版を知っていても十分に楽しめる。それは、映画の内容を補足するディテールと小説版に出てくる北条美里という17歳の仲間の存在だ。特に、後者は小説版のオリジナルキャラクターであり、ミカコと同じ戦闘機の乗組員だ。彼女がどういった結末を迎えるかをドキドキしながらページをめくる楽しみがある。



※参考文献

新海誠 原作、大場惑 著(2002・11・15)『ほしのこえ』(小説版)、角川文庫

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