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ドライブ・マイ・カー〜シンプルで奥深い物語〜

 2021年、早稲田大学に「国際文学館」、通称「村上春樹ライブラリー」がオープンした。校友会(卒業生)である村上氏の寄付がきっかけとなり、「文学の家」として「キャンパスのミュージアム」化に貢献している。ここには村上春樹の著書だけではなく、彼のレコードやCDのコレクションも置かれている。彼の世界観をいつかは感じてみたいとまずは短編を手に取った。

 ストーリーはと短く、場面のほとんど車内のドライバーとのやりとりが中心で、非常に静的である。この短編は、『女のいない男たち』に所収されているものの1つだ。映画版『ドライブマイカー』は、これを原作としており、カンヌ国際映画祭では3部門、アカデミー賞では国際長編映画賞、その他、多くの映画関係の賞を獲得している。

 この小説が珠玉とされているのは、そのシンプルなストーリーに反比例して人間の、特に男女の思考や心情をある意味では美しく描いているからだろう。男は未練の中で論理的に思考し、演技によって真実に迫ろうとする儚さがある。一方、周囲は、女性の心理や人生には不可思議な部分があり、どうしようもできないものとして理解するかしかないと示唆している。そういった答えのない曖昧な部分が多くの読者の「共感」を得ているのだろう。

 男女の心理、仕事とプラベートでの演技、運転席と助手席、過去と現在、そして物語のテーマである喪失と回復といった対比構造があちこちに張られているようにみえる。そして私には、物語の最終盤は、何かを完全に収束したわけではないけれど、その対比さえもその境界線がぼんやりとするようで奥が深いように感じられる。



※参考文献

村上春樹、(2016 10 10)、『ドライブ・マイ・カー』(『女のいない男たち』)、文春文庫

早稲田大学ウェブサイト、https://www.waseda.jp/culture/wihl/

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